#蒜山でトマト農家
#脱サラして岡山市から蒜山へ移住
#就農するときは慎重に
#畑にいることが大切
#トマト農家同士で産地を盛り上げたい
#トマトは需要が安定している
#頼れるアニキ的存在
Q. 農業を始めたきっかけを教えてください
親も非農家で、前職も農業とは関係のない仕事をしていたんですけど、前職は給料もあまり良くなくて、明るい未来を感じなかったというか。それなら、こういう自然豊かな風景の中でのびのび「農業」で食べていけたら良いな、とぼんやり思っていました。
トマトと出会ったのは、「農家になろう」とネットで調べているときですね。水耕栽培に興味を持ち、その作物のひとつに「トマト」がありました。技術的にも、間違いのなさそうな品種だなと思ったのを覚えています。
それからすぐに蒜山(ひるぜん)へ来たわけではありません。慎重な性格ですから(笑)、最初3年間は広島県の農事組合法人でトマト栽培に携わりました。とにかく毎日トマトに触り続けようと思って。トマト農家をやる上でひと通り目を養う目的で働いていました。
その後、独立に向けて退職します。はじめは岡山の市街地近くで農業を考えていたんですけど、ちょうど資材費の高騰やガソリン代の高騰の時期と重なっていて「これは採算がとれるかどうか怪しいな」と思いはじめて、一度は「農家にこだわらなくても良いかな」となりましたね。

Q. 紆余曲折があったんですね。でもそんな中でも、やはり農家をやろうと?
農業以外の代わりの仕事を探しはじめました。でも同時に、まだトマトの可能性も探っていて。そのときに出会ったのが「夏のトマト」です。これまで「冬越しのトマト(ハウス内で暖房を用いて育てる)」が比較的念頭にあったんです。でも考えてみたら、トマトって年中あるような印象で「冬だから値段が高い」ということもないな、と思いなおして。
むしろ、旬である夏のトマトのほうが値段が高くて、暖房費もかからない。そういう栽培ができる場所ということで、「蒜山」にたどり着きました。いくつか候補はあったんですが、岡山市出身の私からすれば、蒜山はやっぱり雄大で、印象が良いですよね。
縁もゆかりもなく、田舎暮らしを希望していたわけでもない。また夏のトマトなので、冬には仕事がない。いろいろ思うところはあったんですけど、「でもこのまま、何もせんのはいけんな」と思って、蒜山でトマトをはじめました。

Q. 農業を始める上で「農地」などのハードルがあるとお聞きします。農業はスムースに始められましたか?
まず農地ですけど、当時、真庭市が空き家情報を掲載する「空き家情報バンク」という制度があって、その中でちょうど「畑のついた蒜山の一軒家」を見つけました(現在は「住まいる岡山」上で空き家情報を掲載)。決して市街地のような便利さはなかったですけど、自分の生活力なら暮らせるかな、と思って。
収入については最初の2年間、農協の臨時職員という位置づけでした。(いろいろなイレギュラーが重なって、新規就農の補助金が受けられず)農協の臨時職員として月15万円ほどいただきながら、ひとりでトマトを育てていましたね。

Q. そうして実際、トマト農家を始められていかがでしたか?
最初の3年ぐらいはそんなに採れなかったですね。でも最初のほうは「全滅しなかったら良い」ぐらいの気持ちでいたので、まずまずでした。劇的に採れなかったわけではないので(笑)。補助金を使ってハウス5棟から始めたんですけど、「まあ、できるかな」と思いました。
想定外だったのは、トマトに触るまでの道のりの長さです。土を掘って、マルチを張ってそれからいろんな作業があって、やっとのことで植えるんです。冬もハウスの中をすっからかんにして、マルチを剝がさないといけない。トマト農家ってなかなかトマトに触らせてもらえないんだな、ということを思いました。
また、はじめは1人でしていたのですが、10年ぐらい経ったときに「アルバイトを入れたら、作業もラクになるし、売上も上がるんじゃないか」とアルバイトさんを採用するようにもなりました。

Q. 蒜山の場合、冬には雪が降ります。そのあいだはトマトが育てられないと思うのですが(とくに夏越しのため)冬はどのように過ごされていますか?
蒜山の冬は皆さん、気になるところだと思います。就農してからも、高速道路で冬用タイヤをはいているかのチェックや、除雪車にも乗りましたね。最近では茅葺屋根などに使われる茅を出荷する「蒜山茅刈出荷組合」でも、茅を刈る一員として働いています。
また「早く蒜山の冬に慣れておきたい」と、そもそも移住を冬にしたんです。来たときは確かに「寒いな」とは思いましたけど、かなりの降雪や寒さを想定していたのでそれほどのギャップは感じませんでした。

Q. トマトはどちらに出されていますか?
基本的には、JAさんに出しています。収穫コンテナに入れて近くの選果場へ持っていけば、あとはJAさんが出荷してくれます。こまごまとした事務作業がなく、つくることに専念できるのが魅力です。しっかりとトマトに向き合えるので。
売上を考える上でも良いと思います。売上を上げるには、最終的には量が必要になるんです。トマトの場合はそこまで大きく年ごとに価格が変わらないので、とくに量が必要になります。その場合、あまり畑を離れちゃいけないんですよね。だからつくることに専念できるJAさんに出しています。
あと、農家同士がライバルにならないんです。JAの場合、ひとつの箱にいろんな農家さんのトマトが入ります。みんなでひとつの箱をつくっていくわけですから、全員が「より良いトマトの箱にしたい」と同じ方向を向けるんですね。
パッと見たら、個人で動く「産直」のほうが売上が上がるかもしれない。でも大きな視点で見れば、みんなで同じ方向を向いているので、一緒に高めていけるというか、ノウハウとか技術も共有しやすい。「みんなで産地を盛り上げよう」という機運になります。平和で良いですよ(笑)。蒜山の風土と合っています。

Q. トマト農家さんの魅力をどのようなときに感じますか?
リセットできる点ですかね。社会人ではなかなかリセットできないですよね。でもトマト農家は冬の4ヶ月、ニートになるわけですから(笑)。その期間で気持ちがすっかりリセットされて、新しい気持ちでまた仕事に取り組むことができます。
四季を目いっぱい感じながら生きるのも、魅力です。冬があけて春になるとむずむずして、一層暖かくなってきたらそわそわして。夏には「がんばろう!」という気持ちになれて。作業も春夏秋冬でぜんぜん違うので、飽きることがないですよね。
そもそも「生きてる!」っていう感じがします。身体的にも、精神的にも。大変なこともありますが、無我夢中になれるんです。そういう意味でもトマトっていうのは本当にスゴい作物だと思います。

Q. 農業に興味、関心のある方に向けて、メッセージをお願いします
トマトは流行りすたりのものではありません。需要が安定している作物です。イメージとしては「うさぎとカメ」のカメに近いかもしれません。コツコツとラクな時期でも毎日ハウスに通って、手を動かしていく。そうすれば結果的に収量や経営が良い方向へ向かっていく。それがトマト農家かなと思います。
本当はトマト農家が羽振りの良いところ(例えば、高級車をのりまわすとか)を見せれば、興味を持ってくれる人はいるんでしょうけど、なかなかそうはいきません(笑)。何より私の性格上、やっぱり事前に「大変なこともあるよ」と伝えておきたい。良いことばかりを伝えるのは違うかなと思っています。
でもそれにも増して「自然豊かな場所で、のびのび農業をして暮らしたい」という人にトマトはとてもオススメです。とくにここ、蒜山のトマト農家は暮らしぶりも関係性も平和的です。先もお伝えしたとおり、「みんなで産地を盛り上げよう」という機運がある。
みんな同じ方向を向いているから、ノウハウとか技術も共有しやすい。孤立することもないと思います。そういう農業に興味のある方は、トマトが良いと思います。
聞き手・編集 甲田智之
写真 石原佑美
