まにわの農家手帖
林岳志さん

作成日:2026.7.21 最終更新日:2026.7.21

ネギ 新規就農 Iターン 落合

林岳志さん

  • #ネギ農家
  • #同級生を頼って真庭へ移住
  • #農業なんてまったく考えていなかった
  • #春ネギ・夏ネギ・秋冬ネギ
  • #10ヶ月間出荷
  • #師匠との出会いがターニングポイント
  • #基本をしっかり
  • #今は「真庭白ネギ南部生産組合」組合長
ネギ 林岳志さん

5

就農後の「暗黒期」

4

師匠のもとへ毎月通った期間

10ヶ月

春ネギ・夏ネギ・秋冬ネギで年間出荷

Q

もともと農家を目指されていたのでしょうか?

まったく考えていなかったです(笑)。大阪生まれ大阪育ちで、大学卒業してから家具の小売業を10年、その後電気関係の会社に入って、お客様相談室で4年間働きました。いわゆるクレーム対応なので、精神的に参ってしまって。性格もいつのまにか「愚痴ばっかりを言う人間」になっていたと思います。

いろいろ溜まっていたんでしょうね。あるとき飲み会の帰りに、高校の同級生だった針山※に電話していたらしいんです、記憶はないんですけど(笑)。翌日、針山から「真庭に来てみたら」と言われて、遊びに行ったんです。

行ったら「おまえ、マイナスのことしか言わんな」ってバッサリ言われて。で、畑を見せてもらったら楽しそうにしてるじゃないですか。「面白そうやな」と思ったのが最初です。それまで農業なんて選択肢にまったくありませんでした。

※針山真司さん:https://maniwa-nogyo.com/voice/hariyama-s/

ハウス内で苗を確認する林岳志さん

Q

就農までの流れを教えてください

3月に針山のところに行って、その年の9月には会社を辞めて真庭へ移住しました。とにかく会社を辞めたかったんです。そして農業をやると決めてから、9月まで毎月真庭に通いながら、農家になるため真庭農業普及指導センター※とやりとりをしていて。

そのなかで若手農家の集まりに連れていってもらったんです。そこで知り合った方から「うちの家のとなりが空いてるから住んでいいよ」とトントンと話が進んで、農家になりました。

ほとんど何もわからないまま農家になったので、1年目はほぼバイトでした(笑)。当時、新規就農者向けに5年間で年間150万が支給される補助制度があったんです。その該当者になるには、まず2年間の研修を受けないといけなくて。

でも、当時38歳だったので2年間の研修を受けていたら40歳になってしまう。年齢の焦りとすぐに始めたい気持ちから、行政の方に相談して「研修期間を1年間に短縮」を認めてもらいました。

研修期間の1年はバイトで生活費を稼ぎながら、近くの農家さんのところへ毎日のように通って、農業の流れや作業を見よう見まねで覚えていきました。

※真庭農業普及指導センター:真庭市と新庄村を管轄する岡山県の組織で、農業技術の向上、農業経営の改善、担い手の育成を支援している。

ネギ畑の畦

Q

実際に就農してからはいかがでしたか?

最初の5年間は「暗黒期」でしたね。農業と家庭菜園って全然違うものなのに、家庭菜園をちょっと広げてやっているぐらいの意識しかなくて、できない理由もわからないから対策もできない。

すすめられるまま、夏はナス、冬はネギを中心に育てていたのですが、年々収量も落ちていく。連作すると土が疲れてくるので収量が落ちていく。それも知らず、土づくりもしていなかったので、やればやるほど収量が落ちていったんですね。

うまくいかない原因がわからないまま、補助金が切れる5年目が近づいてきて、「何とかしないと」という焦りだけがどんどん増してきて。

さらに当時、朝5時から夜8時まで両親にも手伝ってもらって作業して、「これは10年続かないな」とも思っていたんです。そのとき、頭にあったのがスーパーで年中売られているネギを見て、「ネギだけで何とかならないか」という考えでした。

耕耘機で畑を耕す林岳志さん。暗黒期の過酷な作業

Q

転機はいつ訪れましたか?

5年目のとき、懇意にしている真庭の農家さんがお話をくれて、米子市のネギ農家さんのところへ行かせてもらったんです。見た瞬間、「なんじゃ、こりゃ!」となりました。見たことのないネギ畑が広がっていて、とにかく衝撃を受けたんです。

農家になって5年が経ち、耕作面積だけは増えて「なんとなくやっている感」はあったんですが、「もう全然できていない」と痛感して。同時に「こんなネギがつくりたい!」と、米子のネギ農家さんが私の師匠になりました。

師匠との出会いで変わりましたね。それから4年間、毎月1回は教えを乞うため米子に通いました。師匠が教えてくれたのは、難しいことじゃなくて「基本をきっちりやれ」ということ。

「ネギという作物のことをまずは知りなさい」と言われました。例えば、不具合があったときも「この農薬」とか「この肥料」とマニュアルに沿っただけの対処をするのではなく、「なぜこうなっているのか」「防ぐにはどうすれば良かったか」という農業の思考を徹底的に鍛えてもらいました。

毎月、自分の畑と師匠の畑を見比べ、生育の差を確かめる。違っていたら、「なぜ違うのか」を何度もくり返し考える。そのうちにネギへの捉え方というか、ネギを見る目が変わってきたんですね。

また、「面積を増やすよりも反収を上げたほうが良い」とも教えてもらいました。面積を広げても反収が上がらなければ、技術が上がっていないのと同じだと。面積が狭くても、まずはしっかりと育てられる技術を身につけること。

実際、面積を減らして秋冬のネギだけではなく、春ネギ・夏ネギもはじめて年中集荷できる体制にしたんです。おかげで年間通じて作業が分散され、ひとつひとつのネギに手がかけられるようになりました。

収穫したばかりの白ネギ。師匠のもとで目指したクオリティ

Q

農業を始めて、生活に変化はありましたか?

愚痴がなくなりましたね(笑)。農業って畑のことは全部自分のせいなんです。うまくいかなければ「何が原因で、どうすれば良いのか」と考える。考えるも考えないも、やるもやらないも、全部自分で決まる。それがシンプルで良いなと思います。

値段についても、自分ではコントロールできないですよね。でも技術力を磨けば、みんんながつくるのが難しいときも、自分でしっかりとネギをつくることができる。そうすれば(他の農家がつくれなくて)値段が高くなったときに必ず恩恵が受けられる。

そう考えているから、値段に対する愚痴も出ないです。値段よりもネギのことをもっと知って技術力を磨いて、収量の精度を追いかけることです。

やっぱり農業は面白いです。失敗した理由がわかるようになると「じゃあ次はこうしよう」と改善ができる。改善ができると結果が出る。農業は基本的に1年に1回しか経験が積めなくて、なんとなく過ごすのではなく、その1回の重みをどれだけ感じられるかなんですよね。

Q

今後の展望を教えてください

「真庭白ネギ南部生産組合」の組合長、また「落合野菜果物出荷組合」の代表もさせてもらっています。代表になってわかったのですが、いかに先輩農家たちが若い世代に色々と配慮してくれていたか。

そうして今の私があるので、今度は私が若い世代の方たちに早く売上が上がるようサポートしていきたいと思います。

自分の農業で言えば、まだ「1年を通じて完璧につくれた」という経験がないんです。師匠の畑を100点とするならば、まだ届いていない。失敗を重ねながらですが、その高みを目指して楽しんでいきたいですね。

ハウス内でネギの選別・出荷準備

Q

これから農業を始めようと思う方にメッセージをお願いします

迷っているなら飛び込んでみたらいいと思います。私がそうでしたから(笑)。頭で考えていても、やってみないとわからないことが多いんです。作目によるかもしれませんが、機械や設備も最初から全部揃えなくて良いです。とにかく飛び込んでみる。

飛び込んでみたなら、新しい作目を3年間は続けること。1年でやめてしまうと「なぜできなかったか」がわからないまま終わってしまいます。失敗の原因を考えて、改善して試して、3年続けて、それでもダメならそのときに判断すれば良い。

そして、先輩農家に積極的に会いに行くこと。通って通って、自分のためなんだから技術を盗めば良いと思います。

あと、農業を始めて最初のほうに教えてもらったことなんですけど、「時計を意識しなさい」という年間計画の考え方です。時計の文字盤1時から12時を、1月から12月に見立てて、どの月に出荷したいかを書き込んでいく。

じゃあ、その月に出荷するためには何月に植えて、何月にこの作業をして、と逆算して月ごとの作業スケジュールに落とし込んでいく。自分の手がける作目すべてを書き込めば、どの月に作業が集中するかが見えてくる。そうして自分の動き方、人手や資材の手配の目処も把握して農業をしていくことです。

真庭ではまだネギ農家がそこまで多くありません。ネギ農家が増えたら良いなと思っています。

ネギ畑で笑顔を見せる林岳志さん

取材・編集:甲田智之