#蒜山生まれ蒜山育ちの酪農家
#中国四国酪農大学校出身
#継業でホルスタインを40頭飼育
#「全国酪農青年女性酪農発表大会」最優秀賞・農林水産大臣賞受賞
#学生を積極的に受け入れ
#酪農の窓口にもなっている
#スノボー
#じつは、かまくら職人
Q. 酪農を始めたきっかけを教えてください
実家がジャージー牛を育てている牧場なんです。そっちはいま兄が継いでいて。僕はここ蒜山(ひるぜん)で生まれて、地元の蒜山高校(現勝山高校蒜山校地)を出て、そのまま蒜山にある中国四国酪農大学校(※)に入学しました。卒業後、オカラク(おかやま酪農業協同組合)に入社して3年ぐらい酪農ヘルパーとして働いていました。
やっぱり蒜山なんで、酪農が身近な存在だったんですね。ちなみに「酪農ヘルパー」っていうのは、酪農家が休暇や病気、家庭の事情とかで牛の世話ができないとき、代わりにヘルプとして入る仕事のことです。「みんな、月に2日は酪農ヘルパーを使いましょう」って奨励されていたんです。
ただ、正社員で入ったので7-8時間勤務と決まってて。でも酪農って朝5時から朝9時まで。それからまた夕方16時から20時ぐらいまでなんです。あいだの時間が非常にもったいない。「もっと仕事がしたい」と思って正社員を辞めて、バイトとして酪農ヘルパーをするようになりました。
バイトだったら副業ができるので(笑)。朝と晩は酪農ヘルパーをしながら、日中に米づくりのバイトをしたり、野菜の農家さんを手伝ったり、スキー場のバイトをしたり。アクティブにいろいろやりたかったんですよね。そういう働き方を20年ぐらい続けたと思います。
※中国四国酪農大学校:酪農を実践的に学べる2年制の専修学校。男女ともに全寮制
Q. ここはご実家の牛舎ではないですよね。どういう風にご自身で酪農を始められたんでしょうか?
そういう働き方をしていたら、あるときここの方が「もう引退したい」と言ってたんですね。タイミングもちょうど良かったので、こことまわりの土地を買い取らせてもらって。妻と2人でスタートしました。「継業」という形になりますかね。
当時、20頭ぐらいの牛を飼ってたんですけど、みんな年老いてしまったので、いまは入れ替わって40頭のホルスタインを育てています。蒜山なんでジャージー牛のイメージがあるかもしれないですけど、ジャージー牛とホルスタインとでは搾乳の量が全然違うんです。
継業した時点で、施設や備品でもう7千万ぐらいの借金を背負ってますから(笑)。それをなるべく早く返そうと思ったら、この牛舎でどれがいちばん利益が上がるかを考えなければならない。その結果、ホルスタインを育てています。
ジャージー牛の方が単価は高いんですけど、搾乳の量でいえばジャージー牛が1頭あたり25kgなのに対して、ホルスタインはだいたい38kg。10kgも違うんです。育て方も違うので苦労することもあるんですが、始めるときに一応、試算(経営のシミュレーション)をして、うちはホルスタインにしています。
Q. 育て方の話が出ましたが、こだわりや特徴などはありますでしょうか?
ひとつはエサですね。蒜山は夏のあいだ、自家消費用の牧草がつくれるんです。(牧草のロールを指して)これがだいたい500kgぐらいで2日分のエサになります。あと、うちはデントコーン(とうもろこしの一種)を共同で育てています。高さが3mぐらいになるので、限られた土地の中で効率良く収穫することができるんです。
ほかにもバランスの良い栄養素を考えたオリジナルブレンドのエサもあげているのですが、蒜山の特徴はやはり「循環型の酪農」ですね。この土地で育った牧草や作物を牛にあげて、牛の糞をたい肥として土地に返して。そのたい肥がまた良い牧草や作物を育てて。きれいに循環しているんです。
これがほかの地域ではそうはいきません。自分たちでつくれないので牧草などエサを購入しないといけない。牛の糞も捨てようと思ったら業者にお金を払わないといけない。どんどんお金が出ていってしまう。利益が減ってしまうんですね。蒜山の酪農は環境にも良く、その上利益も残る形態なんです。
Q. 蒜山はとても酪農に適した地なんですね
そうですね。いま蒜山には酪農家が30軒ほどあります。ホルスタインと比べたら、ジャージー牛の方が多いですかね。蒜山の特徴で言えば、「循環型の酪農」ができるほかにも「中国四国酪農大学校」があるのも大きいと思います。
いまうちの牧場にもアルバイトで来てくれている酪農大学校の学生さんがいます。いま酪農大学校は女性の方が多くて、出身地もいろいろです。実家が非酪農家の方も多くて。乳製品の6次化に興味のある学生が多いのかな。
そういう学生さんと一緒にごはんを食べながらいろいろ聞けるのも良いんですよね。僕はごはんを囲みながらいろんな話をするのが好きなので、よく声をかけています(笑)。
Q. アルバイトの受け入れもされているんですか?
受け入れしています。どこの酪農家も人手不足ですから。だからこそ「来てもらう努力」を怠らないことです。例えば、牛舎をきれいにしておくとか。仕事も1日のやることをマニュアル化して見やすいように壁に掲示しています。
そうすれば、わざわざ僕に尋ねなくても「次するべきこと」がすぐにわかる。仕事もざっくりと説明するんじゃなくて、具体的に示すようにする。「働きやすい職場をつくる」って酪農の業界ではまだまだ改善の余地のあるところだと思うんです。
そういうのも、じつは酪農ヘルパーの経験が生きています。酪農家ごとにみんな、やり方が違っているんです。その中で「どう仕事をしたら良いんだろう?」と、まさにアルバイトに来た学生さんと同じような悩みをずっと抱えていた。だからいま、こうして学生さんに寄り添えているのかもしれません。
Q. アルバイトさんに伝えていることも含めて、牛を育てる上で大切にされていることはありますか?
まずは「知識」ですね。例えば、酪農は数百万円という大きな金額の設備投資がふつうに発生します。そうしないと効率が上がらない。でも牛に関する「正しい知識」がなければ、せっかくの設備投資が無駄に終わってしまうかもしれないんです。
つぎに「見る」こと。「観察」です。いつもと様子が違うことはないか。(牛舎の入り口に立って)ここから牛を見るんです。そうすると、だいたい牛たちはみんな僕の方を見ます。それがこちらを見なかったり、アゴが動いていなかったり(あまり食べられていない)すると、病気の可能性がある。病気は早期発見、早期治療が鉄則ですから。
でも結局、最後は「牛が好きか、嫌いか」だと思います。酪農なのでどうしても汚れます。匂いもあります。でもどれだけ大変でも、最後に自分を支えてくれるのは牛だったり、「牛が好き」という気持ちです。酪農ヘルパーのとき、たくさんの酪農家さんをまわらせてもらって「やっぱり最後はみんな、牛が好きなんだな」と感じたんですよね。
Q. ご自身の酪農だけではなく、「蒜山の酪農ぜんたいの窓口」もされているように見えます。そこは意識されているのでしょうか?
大前提として、いろんな人を巻き込みたいんです。ひとりだけでは満足できない。知らない人も巻き込んで、みんなでやった方が面白いじゃないですか(笑)。酪農ヘルパーのときにいろんな酪農家さんと繋がって。いまでは酪農大学校とも繋がっています。だから僕みたいな人間が窓口になれば、いろいろ酪農の繋がりを広げていくことができる。
もっと言えば、酪農に限らないんですよね。蒜山の酪農って観光にも農業にも、建設や菓子製造などの商工業にも繋がっています。だから僕を入り口にしてもらえれば「蒜山」のいろんな関わりしろを紹介することができる。それはね、やっぱり蒜山のこれからを考えたときに、新しい人にも来てもらって「蒜山を残したい」と思っているからなんです。
相談があれば「じゃあ、僕が聞いてみるわ」と誰かを繋げますし、困りごとがあれば「話を聞こう」と食事会や飲み会を開きます。地域の祭りも「よし、やろう」って地元の若い人たちに声をかけます。
「蒜山酪農カフェ・オ・レ」パックのパッケージそのままのTシャツデザインも、僕が提案したものなんです。インパクトがあって、何より着てもらったらそれだけで「蒜山の酪農」の宣伝になる。蒜山には酪農をはじめ、もっと可能性があると思っています。僕はその可能性の向こう側に行きたい。だからいろいろ動きまわっています。
聞き手・編集 甲田智之
写真 石原佑美