滑らかな口あたりと、ふんわりとした甘み。
たまらないモチモチとした食感で、もち米の最高品種とも言われる「ヒメノモチ」。
豊かな自然の中、そんなヒメノモチを特産としている、岡山県北の人口わずか800人の小さな村「新庄村」。「日本でもっとも美しい村」として知られている。

新庄村の美しい田園風景を守っているひとつが、「有機農業」

手間を惜しまない人々の農的な営みが風景の一部となり、「日本でもっとも美しい村」と言われる所以にもなっている。改めて有機農業とは、化学肥料や農薬、遺伝子組み換えのものを使わない農業方法のこと。自然と共生しながら、作物をつくっていく。

そんな有機農業に携わっている坂本茂樹さん。
新庄村出身ではあれど、本人自身は農家だったわけではない。にも関わらず、なぜ農業を始めたのか。有機農業に至った経緯は、その方法は……。取材を進めていくと、農業への想いを越えて、「生き方」の話になった。

Q. 農業を始めたきっかけを教えてください

もともと公務員で、新庄村役場に41年勤めていたんです。定年退職となる65歳直前の1年前に早期退職して、農家になりました。せっかく新庄村に生まれたのに、このまま何もせず年金暮らしで良いのだろうか。ゴルフだけじゃ寂しいものがあるなと思って。
当時、父親は80歳過ぎで、元気なうちに父親の続けてきた農林業に携わりたいなと思ったのもあります。父は16歳のときから、ここ新庄でずっと農林業をしてきました。そんな父の背中を見てきたので。

農林業のことは父親に聞けば、みんなわかります。特に「野菜」ですよね。野菜を育てるのが好きで、400万円ぐらいかけてハウスを建てて大玉トマトを育てたり、いろんな野菜を育ててきました。農業に関して私は素人なので、父親の存在は大きかったです。
いわゆる「農家を継ぐ」ということで、父親は喜んでくれましたね。まわりではなかなか農家を継ぐ人がいないので。新庄村に帰ってきた同世代はそれなりにいるのですが、「じゃあ農業しようか」という人がなかなかいないのが現状です。
農業は一般的に思われている以上に、大きな事業です。その上、天候にも左右されるので、製造業のように安定しません。うん、それでも農業は「新庄村」を支えてきた産業のひとつですから。そういう思いで農業を始めました。

Q. そんな農業の中でも、水稲を「あいがも農法」で育てられているとお聞きしました

ひとつには、「楽しい農業」をしようと思ったんですね。「あいがも(野生のマガモとアヒルの交配種)農法」っていうのは、草やら虫やらを食べてくれるあいがもを田に放つ、安土桃山時代から伝わる有機農業のこと。あいがものフンも肥料になります。
あいがも農法をしたら、村の子どもたちが授業の一環で体験に来てくれます。あと地球にも優しい。除草剤を使わないので、水に負担がかからないんです。つまり下流域に迷惑がかからない。それってとても大切なことなんです。ここ新庄村は岡山3大河川のひとつ「旭川」の源流域なので。

子どもたちが喜んでくれて、下流域の人たちも喜んでくれて。安心安全なお米ができるので、食べる人も喜んでくれる。それって「楽しい農業」じゃないですか。岡山県がかなり以前から全国に先駆けて、無農薬の取り組みを進めていたのも大きいと思います。

Q. ただ、とても難しい農法という印象があります。その点はいかがですか?

そのとおりで、とても難しいです。いま5反(約500㎡)のお米を「あいがも農法」で育てていますが、難しさのポイントはまず田植えにあります。5月10日に田植えをしたら、1週間後の17日までにはあいがもを入れないと、せっかくの稲が雑草に覆われてしまう。
雑草の成長にあいがもの食がぜんぜん追いつかず、雑草ばかりが大きくなってしまって。あいがもを入れるタイミングを逃すと、2俵ぐらいしかとれなくなくなります。

あとは、あいがもの管理ですね。毎晩、あいがもを飼育小屋へ戻さないといけない。24時間放置もしてみたんですが、イタチなど外敵にやられる可能性があります。また小屋へ戻す癖をつけておかないと、役目を終えて引き上げるときに困るんです。
小屋に戻らなかったら、田んぼに入って追いかけまわさないといけない。これが簡単に捕まえられないんです(苦笑)。病気もありますし、そもそもあいがもを飼うのにお金がかかる。小屋で飼うえさ代もかかります。

それを楽しいと思うかどうかですよね。管理は確かに大変ですけど、田植え後にスーッと田んぼ(ひとつの田んぼに20羽ぐらい)を泳いでいるあいがもたちを見ると、微笑ましい。楽しいと思う人だけが続くんです。

Q. 「あいがも農法」で育てた有機のお米はとても人気とお聞きしました。販路などはどうされていますか?

ま、私の次男が「農業がしたい」とUターンで新庄に戻ってきて、農業の会社を興し、私はその中で農業をしているという形になっています。なので3世代で農業をしているわけですが、販路で言えば岡山県内を中心としたスーパーに卸しています。
もともと販路開拓は、新庄村役場に勤めているときに「ヒメノモチ」で実践していました。実際、スーパーなどの現場に赴いて試食してもらう。地道ですけど、そういうことの積み重ねで少しずつ周知を広げて、取り引きに繋げてきました。

あとは「有機農業」「無農薬」というブランドですね。健康志向の方が増えているので。いま100俵ほどつくっているのですが、注文が多く、販売をお断りする状況になっています。慣行農法のお米と比べても、かなり高価格帯のお米ですけど売れています。
やってみて思うのは、本物は残るんですよね。結局、皆さん「おいしいものが食べたい」という気持ちがありますから。まわりのお米との差別化もできているので、むしろ「みんな、あいがも農法しないのかな?」と思っています。

Q. 水稲(お米・ヒメノモチ)以外にされている作物はありますか?

白ネギ、とうもろこしをしています。なんかね、自分の性格に合った作物がちゃんとある気がするんです。農業には畜産・米・果樹・花・野菜の5ジャンルがあって。例えば、私なら米よりも野菜のほうが向いています。
米はだいたい毎年やることが決まってるんですね。あいがもがいることで、楽しさを見出しているというのはあるのですが、やっぱり野菜の方が面白い。野菜は本当に成長がよく見えるんです。人と一緒で小さいときに手がかかるというのも良い。自分の性格に合った作物を見つけたら、農業の見え方が変わるんじゃないかと思います。

白ネギは20アール(2,000㎡)つくっています。ポイントは「人手」ですね。もっとも忙しい2か月間は、地元の方をアルバイトとして7名ぐらい雇っていてまわしています。どのようにまわしていくかの会議は欠かさず、また収穫後の打ち上げも欠かしません(笑)。

それから、とうもろこし。とうもろこしは本当に面白い。JAにも直売所にも出しておらず、契約栽培だけなんです。契約栽培というのはつまり「絶対に買ってくれる人の顔が見える販売方法」なんですね。「今年も最高に美味しかったです!」と絶賛のLINEが直接届く。
それはもうお金じゃないんです(笑)。直接喜んでくれるのがわかる。喜んでくれるのがわかるから、責任感が生まれて「より美味しいものを届けたい」と思う。うちでは年間1500本が限界です。鮮度が命なので、最高に美味しい「1週間の収穫期間」だけにすべてを注いで、直接お客さんのもとに届けています。

Q. 充実しているのが、すごく伝わってきます

自分自身の軸に「充実した人生を送りたい」があります。そのために「楽しい」「面白い」と思うことをしていく。私が「自分が面白いと思う農業」をしているのにはそういう理由があります。やっぱり農業をするなら「自分なりの楽しみ」を見つけないと。

ある講演会で「人生を充実させるなら趣味や仕事を合わせて7つ持て」と言われたんです。以来、仕事はもちろん、スキー、サッカー、トランペット、単車とかアウトドアとか。7つに広げていきました。ただ定年後は、3つに絞ることですね。
いま、私は「農業」「スキー」「サッカー」の3つで人生を充実させています。60歳までは仕事や子育てに忙しかったりする。でも60歳過ぎたら、もうやりたいことをやっても良いんじゃないかと(笑)。だからいま、とても楽しいです。

聞き手・編集 甲田智之
写真 石原佑美