#稲岡畜産
#生まれも育ちも真庭の和牛繫殖農家
#中国四国酪農大学校卒
#2代目として和牛繁殖事業を本格化
#「一頭入魂」のTシャツがよく似合う
#Instagram「稲岡畜産」をチェック
#とにかく力持ちの大酒飲み
Q. 和牛の繁殖を始めたきっかけを教えてください
もともと実家が和牛を育てている農家なんです。父が大工の傍らで始めて。私が生まれたときにはもう牛たちがいましたね。だから、子どもの頃から牛舎で遊んでいて、ミルクをあげたり、乾草を食べさせたり。小学生のときの将来の夢は「獣医になるか、うちの牛たちの規模を拡大したい」とはっきり掲げていました。
牛のお産も身近でしたね。羊水のことを「風船」って呼んでいたんですよ。本当に風船みたいに膨らんで。出産時には、お母さん牛から羊水が出てくるんです。
あと、「競り」にも連れて行ってもらって。売られていく子牛を見て泣きじゃくることもあったみたいです。それぐらい、ものごころついたときにはもう牛たちに愛着があったんです。
※和牛に関わる農家は主に「繁殖農家」「肥育農家」に分けられる。出産から子牛の飼育までが「繁殖農家」であり、「肥育農家」はその子牛をしっかり育てていく。いわば「生みの親」と「育ての親」である。稲岡さんは繁殖農家。から「農業がしたい」と思っていました。
Q. 学生時代のことを教えてください
地元の勝山中学校を卒業して、高校は久世高校(現在の岡山県立真庭高校)の生物生産科で畜産を専攻しました。高校では牛に触れる実習もありましたが、実家でやっていることと変わらないくらいの内容でした(笑)。
それから蒜山にある中国四国酪農大学校(※)に進学しました。資格取得が目的でした。牛に関わる仕事には国家試験が多くて、人工授精の免許や人工移植の免許など、たくさんの資格が必要なんです。
酪大(中国四国酪農大学校)は全寮制で、朝5時半から搾乳や餌やりの実習がありました。1年生の時は座学が多かったですが、実践的な技術も学べました。
※中国四国酪農大学校とは、真庭市蒜山にある全寮制かつ2年制の専修学校。実践による技術と経営感覚を身につけ、酪農の担い手を養成している。第1付属牧場ではホルスタイン種と肉用牛(計100頭以上)を飼育。第2付属牧場ではジャージー種(100頭以上)を飼育している。ちなみにジャージー種のみの実習牧場は全国的にも珍しい。
Q. 現在の事業規模と、拡大していった経緯を教えていただけますか?
酪大卒業後、規模を拡大しようと実家に帰ってすぐ牛舎を建てました。現在は和牛繁殖農家として、お母さん牛を育てて、子牛を産んでもらっています。生まれた子牛はここで8ヶ月ほど育てて、その後主に肥育農家さんに出荷しています。
真庭という土地が本当に恵まれているんですよね。畜産系の高校があって(当時)、酪農大学校もある。市内の蒜山には借り腹(後に説明)をさせてくれる酪農家さんもいて、岡山県を代表する家畜市場もある。車で30分ほどのところに岡山種雄牛センターもある。和牛繁殖農家にとって、これほど環境が整っている地域は珍しいと思います。
Q. 牛の繁殖について、特にこだわっていることはありますか?
繁殖には主に2つの方法があります。1つは雄牛の精子を購入して、うちで飼っている雌牛に人工授精する方法。もう1つは、うちの雌牛の受精卵を回収して凍結し、酪農家さんが飼っている雌牛に移植する方法(その雌牛を借り腹と呼ぶ)です。
特に借り腹については、さっきの話のとおり蒜山の酪農家さんにお願いすることが多いですね。おかげさまで、この方法で頭数を増やすことができました。
精子は岡山種雄牛センターから購入しています。1回の人工授精に使う精子が1万3千円ほどかかるんですが、種がつかなければその費用は無駄になってしまいます。でもエコー診断で獣医さんから「いますね」と言われたときは本当に嬉しくて。その晩は大酒を飲んじゃいますね(笑)。
Q. 出産時の様子についても教えていただけますか?
妊娠期間は287日ほどです。出産が近づくと牛舎をぐるぐる歩き回って、落ち着きを失います。疲れて座ったら尾が持ち上がるんですが、それが出産の合図です。
私ひとりで助産することもありますが、父親を呼んで一緒に対応することもあります。特に逆子の場合は緊張します。牛は通常2回破水があって、最初に羊水の膜(風船と呼んでいたもの)が出てきて、それから子牛が生まれてきます。やっぱり何度立ち会っても感動します。
Q. 現在の畜産業界の課題について、どのようにお考えですか?
新型コロナウイルスの影響で、外出制限により飲食店が開けられなくなり、肉の需要が落ち込みました。そのため、私たち和牛繫殖農家も肥育農家さんも牛が出荷できない状況に追い込まれました。
また、餌代も高騰していて厳しい状況が続いています。それでも続けていられるのは、もちろん牛が好きだということもありますが、競りの時に「稲岡さんだから」と応援の意味も込めて競り落としてくれる方々がいるからです。少しずつ築いてきたものですが、そういう信頼関係を大切にしていきたいと考えています。
Q. 今後の展望についてお聞かせください
普段から「一頭入魂」のTシャツを着ているんです(笑)。これからも「一頭入魂」の精神で、丁寧に牛と向き合っていきたいと思っています。和牛繁殖は簡単な仕事ではありませんが、子どもの頃の「牛と関わりたい」って夢を叶えているんですよね。それは私にとっての誇りです。
また、真庭の恵まれた畜産環境を生かしながら、次の世代にもこの仕事の魅力を伝えていきたいです。牛と共に生きる喜びや、命を育てる責任の重さ、そして達成感。これらを若い世代にも感じてもらえたらと思います。
聞き手・編集 甲田智之
写真 石原佑美